バスフィッシング界の偉人チャーリー・ブリューワー取材時の動画を発見!

いつもどおり5時半に目が覚めたものの、昨日の岸釣りロケからの筋肉痛がひどくベッドの中でスマホをいじってたところ、すごい動画を発見しました。

チャーリー・ブリューワーSr.

バス歴20年を越えるアングラーは聞いたことがある名前ですよね。そう、スライダーワームを世に送り出し、それまではワーム=ミミズという概念をワーム=小魚と提唱した人物です。チャーリーのすごいところはスライダーワームを作っただけではなく、ジグヘッド、テキサスリグ、ウォーターメロン色などなど、バスフィッシングにまつわるリグやプロダクトを発明しました。さらには上の動画でも紹介しているように、フィネスやドゥナッシングといったテクニックも40年以上前から取り入れてたんです。いまの日本では4ポンドラインは当たり前ですけど、アメリカではいまだに4ポンドはトゥーライトといわれます。彼のテクニックはI字系やミドストの元祖なのかもしれません。

そんなチャーリーを訪ねて、僕は16年前にテネシーに行きました。当時はロッド&リールのアルバイトだったにもかかわらず、チャーリー取材という大役をおおせつかる事になったのです。当時はインターネットも普及しておらず電話でアポイントメントを取り、彼の家にカメラマンのM氏とホームステイさせていただいたのです。ちなみに僕の初バスは中学生のとき。赤坂の弁慶濠で3本をキャッチしたのが始まりなんですけど、そのときに使っていたのがスライダーワームとファットラップでした。どっちが最初だったのかは覚えていませんが、確かスライダーワームが先でした。

僕がチャーリーを訪問したのは1999年の12月。ブリュワーファミリーは我々を温かく迎えてくれました。79歳だったチャーリーはバスのことになるとくわえタバコをしながらノンストップで語り続けます。テネシー訛りがきつく、息子のチャーリーJr.にテネシー訛りから普通の英語に通訳してもらう場面もありました。ローレンスバーグという小さな田舎町に構える小さなオフィスには70年代の金型やジグヘッドが無造作に置かれていたのをいまでも覚えてます。そうそう、スライダーカンンパニーって元々はワーム会社ではなくTHE CRAZY HEAD LURE COMPANYというジグヘッド会社としてスタートしたんですよね。車で2時間くらい走ったところにある工場へも案内してくれました。12月のテネシーは極寒で雪が降ることも珍しくありません。そんな状況にもかかわらず実釣取材にも付き合っていただきました。僕の中ではもっとも記憶に残る取材のひとつです。あの時の写真はロドリ編集部が所有しているんですけど、可能だったら全部スキャンして思い出にしたいところです。それは非現実的ではありますが、今朝衝撃の動画を発見したのです。

なんと、その時の取材模様をチャーリーJr.がビデオに撮ってYou Tubeにアップしていたんですよ!

チャーリーじきじきにドゥナッシングやプルンドロップを教わる僕の姿が!

 

こちらはチャーリーがカメラの前でキャッチした5パウンダー!

取材を終え帰国してから数ヵ月後にテネシーから小包が届きました。その中に入っていたのはスライダーファミリーが着用するパーカー。右の胸にはスライダーのロゴ、そして左の胸にはMichi Obaのニードルワーク!うれしかったな~。もちろん今でも大事に着ています。

それから数ヵ月後。チャーリーJr.からチャーリーSr.の訃報を知らされました。あの時の取材で釣ったバスが彼の生涯最後の1匹になったのです。チャーリーが残した偉大すぎる功績はこれからも語り継がれるでしょうね。久しぶりにスライダーワームのドゥナッシングで釣りたいな。

Thank you Chuck and Linda for filming those days. It is great memory and never forgettable experience.

Michi

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